863c7e0a.jpg 前方に見えるのは玉江橋。長門市・大津郡方面からの玄関口になっています。

 江戸時代、ここには橋がありませんでした。朝晩1往復ずつ運航、しかも、風雨が激しい時には運航休止となる中渡しという舟渡しのみだったのです。

 赤川玄櫟が私費を投じて橋を架けるのを願い出たのは明治5年(1872年)のことでした。